中国古代もの周建国の功臣とされる「太公望」を描いた宮城谷昌光さんの小説を読みました。
大国「商(殷)」末期から始まる物語で、商打倒に大活躍という太公望像を持っていましたが、物語は太公望の少年期から始まって少年・太公望の成長譚としても読みごたえがありました。
族長の息子として生まれながら物語の最初に父は商王に討ち取られ、生き残った少数の子供たちを率いて落ち延びる、少年・太公望。
まだ幼いうちから「人を率いる」ということを意識せざるを得ない環境に落とし込まれ、自分の判断がほかの子供たちの人生を大きく分ける中でギリギリの判断を繰り返すところから物語が始まりました。
どちらかといえば「参謀」としてのイメージが強い太公望の物語の滑り出しが、「トップの苦悩」であったところは意外でもあり、続きの気になる書き出しでもあります。
もっともワクワクした展開は、人と人とのつながりが少年・太公望、そして青年・太公望を一回りも二回りも大きくしていくところ。
舞台が古代中国とあって確定的な資料も少ないなか、宮城谷さんが次々と魅力的で個性的な人物を描き出していき、太公望とのつながりをつくります。
少年期から青年期にかけて大人たちの『暴(暴力)』が大きく立ちふさがる中、自身も師を得て腕を磨き、かつ、策で状況を打開していくことを覚えていく太公望が活躍を始めるのは、およそ中盤以降。
圧倒的な権力者である商王をはるか遠くに睨んでいながら、弱く小さく日陰を縫うように生き、それでも力を蓄えようと励む前半。たくましくとまでは言えなくても、ひたむきさが胸をつかむ物語前半。
中盤以降からは、それまでの人と人とのつながりの線が徐々に面となって立ち上がってきて、いわば反商の地下組織として太公望グループが形成されていく展開は予想外で読みごたえがあります。
伝説の軍師として描かれる太公望の人間離れした能力の背景に、率いる地下組織の力があったという解釈は興味深く、太公望が座っていても中国全土の動きを把握できる状況を積み上げていく展開です。
呪術国家・商の生贄として父たちを狩られた太公望の恨みは、呪術や神を中心とした商の世を終わらせ、人間を中心とした世の中をつくることへの望みに昇華されていきます。
そのための錦の御旗として、周王を太公望側が選び、邂逅を演出したという物語の運びには胸の熱くなるものがあります。
今ではなんとなく当たり前にある「天」の概念、「お天道様が見ている」といった日本的にも膾炙された概念、天が命じる天命という概念が、周由来のものであると物語は描きます。
天の概念が、神を中心とした商に対するアンチテーゼになりえると喝破した太公望が、周を反商にむしろ追い込んで行く。
周王が商打倒のために招いた大軍師というこれまでの太公望像の、ある意味真逆な動きを描きながら、歴史の教科書だけでは取り上げらえることの少ない国「召」と周とを結び付けて反商の周召同盟を成立させていく展開は、幕末の薩長同盟に興奮する日本人としては熱くなる展開です。
商打倒に成功した太公望は東の斉の地を得て、ながい旅の間に得た仲間たちと移住します。
まさに少年のながい旅の物語で、危難にはじまり成長し理想を得て実現するリーダーの物語として読みごたえがありました。
読後感
読後、ながい旅を一緒に過ごした感覚になりました。物語中、太公望自身が中国全土を行き来し人に会い、人をつなげ、まとめあげていく旅に同伴した読後感で、さわやかな達成感に満ちた感想を抱きました。ながい旅でありながら疲労感はなく、ふたたび少年・太公望と旅に出たい気持ちになります。