宮城谷昌光さんの「管仲」を読みました。
中国古代、春秋初期の名宰相・管仲の物語は、管仲の実務の強さが印象に残る作品でした。思想や理念が語られることが多い気がする中国古代の物語にあって、「倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」という言葉を残した管仲。
前半生の貧しく惨めな青年時代から、命を狙った桓公に引き立てられるキッカケになった鮑叔との友情といった管仲像をはるかに超えて印象に残ったのが民衆のための政治を行ったというところです。
桓公の宰相となって取り組んだ行政・立法の改革は細かく描かれ、民力を養うことが強国への道であることが丁寧に描写されていきます。
法律があってみんなで守り、みんなで豊かになるのが、ある種の当たり前に感じる現代にあっては分かりにくいところもありますが、法律らしい法律もなく、王さまの言うこと考えることがすべてという時代に合って、ゼロから築きあげていく実務の楽しさが描かれていきます。
貴族の時代にあって民衆が富を蓄える政治の大切さに気付いて実現していく管仲の芯の強さが、なんとも印象的です。このころに比べたら、はるかに民衆の時代である現代ですが、隙あらば特権を得ようとする人間はどの時代にもいるもので、ついつい昨今のニュースに思いを馳せてしまいます。
ただ、どんなに素晴らしい考えや思想も、時宜を得なければ実現することが出来ないという冷厳な現実も突きつけられるような気がしました。管仲が桓公に処刑されてしまっていては、その才を発揮できる機会はなかったでしょう。自分の身を管仲に置いて考えてみても、桓公に置いて考えてみても、また鮑叔に置いても、巡り合わせを適切に活かすことの難しさ(というか奇跡)について考えざるを得ませんでした。
読後感
王さまにも宰相にもなることはないと思いますが、組織を統べる方法について人を中心に考えた管仲の思想と生き様が強く残ります。ルールをつくり、そのルールのもとで生きる人たちが活き活きと働いているか不断の見直しを行い、活きた組織を維持する。ルールは誰にも分かりやすい言葉で語り、納得して従いやすいように行う。言葉にすると簡単なことのようで、地位も身分もある身で自らも律して実現させた管仲の生き様に強く憧れの残る読後感でした。