晏子(宮城谷昌光・著)

宮城谷昌光さんの小説『晏子』を読みました。

古代中国・春秋時代の斉の国の晏弱・晏嬰父子の物語。義の人・軍人として斉の東方の萊攻略に功があって名を遺した晏弱を描く前半と、憚りなく諫言を行ったことで名宰相として名を遺した晏嬰を描く後半。

戦略戦術の妙に胸が躍る晏弱の活躍を描く前半は、戦記物のような雰囲気もあって強敵・萊を攻略していく過程に惹き付けられます。萊の敵将と晏弱との間で交錯する策略・計略の雄大さに圧倒されました。

晏弱自身が「ふつうの人」として描き出されており、肚を決めて挑んでいく姿には手に汗握るような感覚を覚えました。

寡兵で大兵を討つ偉業を成し遂げながら偉ぶるところもない人物として描かれており、地位にこだわることない身の処し方は鮮やかで爽やかさも感じます。

身の処し方の鮮やかさは『晏子』ではひとつの命題になっているようにも感じ、逆に身の処し方の麗しくない人たちも多数登場します。ただ、乱世にあって自分と家族を守るための振る舞いは決して責められたものでもないのだろうと思いました。

あとを引き継ぐ息子の晏嬰の、見方によってはちょっとおかしなくらいの直言が、父・晏弱の名も後世に残したという面もあるのかもしれません。

王という存在がある種絶対で、特別な裁判などもなしに死罪に出来るような世の中にあって、諫言・直言を繰り返す行動そのものが特異なものであったでしょうし、正しさとはなにかについて考えてしまいます。

『王家の風日』『太公望』に登場する商末の比干などは誅殺されてしまいますし、諫言・直言を繰り返しながら人生を全うしたこと自体、当時の人たちから見れば超人の域だったのかもしれないなぁ、なんて思いを馳せました。

読後感

前半の父・晏弱の軍事的な活躍には胸躍り、このような精緻な「策」を持って人生を送りたいものだと感じましたが、後半の息子・晏嬰の命よりも筋道を重んじる生き方には、とても真似できないという感想を持ちました。「まっすぐ」に生きたいというぼんやりとした希望は持っていますが、まっすぐにも程があるという感想を持たされるような人物が古代中国にいたということに軽い驚きを覚えます。

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