奥野修司さんのノンフィクション『心にナイフをしのばせて』を読みました。
いわゆる酒鬼薔薇事件の28年前に起きた少年による少年の殺人事件のその後を丁寧に追ったノンフィクション。大澤孝征さんによる解説によると「日本の法廷を変えた画期的な書籍」とのことで、犯罪被害者・被害者家族の救済に司法の目を向かせることになった作品とのことです。
まさにその結果を生んだ、息子さんを少年に殺されたご遺族の足跡をご本人たちの述懐と合せて綴られていきます。
つきなみな感想ですが、被害者にとって事件は決して終わらないという現実が胸に迫ります。まして自分の子供の命を理不尽に奪われたことは、いつまでも、そして常に問い返しとして突きつけられ、終わることがないのだと思いを馳せ胸を締め付けられます。
異常な犯罪が起きたとき加害者の心理に迫ろうとするルポなどは大量に発表される。ワイドショーも賑わう。そんな中、被害者家族に寄り添いその足跡を丁寧に綴る。残念なことに、事件は次々起きていてその数だけ周囲の家族に悲劇が生じている。
歳月は遺族を癒さない。この現実をのほほんと生きている身に突きつけられる作品でした。
また、圧巻は加害者である少年Aに実際に接触するくだりです。初老にさしかかる少年Aはある種見事に更生し弁護士として名士になっていることが判明する。息をのむ現実でした。これがフィクション・小説ならご都合主義に過ぎると感じてしまったかもしれないような現実。いまも苛まれるご遺族との、恐ろしい対比。
Aは最後まで謝罪を拒み、いわば「なかったこと」かのような振る舞いを続けます。
世の理不尽というものを感じずにはいられませんでした。法定の処罰は終了しており、加害少年の更生は成功しており、ただ被害者家族の痛みだけが残る。
「心からの謝罪」のあるまで罰が続くような法律はつくれないものかと感じます。憲法の保障する「内心の自由」は、このようなAの振る舞いも被害者家族の痛みも許容するものなのか考え込んでしまいます。
読後感
ご遺族の心の安寧を祈ることしかできず、またその安寧でさえAの振る舞いに握られてしまう理不尽さに、憤りとも悲しさともつかない気持ちになります。苦しんでいる人を救うための法律や制度は不可能なのか考え続けたいと思いました。なにができるわけでもないのですが、せめて考え続けたい。世の中には現時点で解決不可能な問題があふれていて、自分の身にいつ降りかかってくるか分からない。そんな思いを強く抱きました。